2023年2月の出来事



写真:奥行きが深く関東では屈指の砂丘が広がる根本海岸.

今月はTwitterとInstagramでの投稿はほとんどしていませんでしたので,代わりに何か書こうかなと思っていたところに今年夏に根本海岸での音楽フェスが開催されるという情報が入ったので,根本海岸の生物の生息状況等について書いてみたいと思います.
つまり根本海岸のような貴重な自然の営みのある海岸でそのようなイベントが行われるという事がどういう事なのかについて,お読み頂く方々それぞれに思いを巡らせていただきたいという意味があります.
できれば関係者の方々,特に南房総市,フェス開催者の方々,そしてイベント参加者としての一般の方々にもお読み頂きたいと願っております.

根本海岸を私自身が「発見」したのは館山に住むようになって間もなくの事でした.
そしてすぐに大好きになった海岸でした.
もう30年近く前になりますが,当時は入り口が解放されていて自由に車で出入りしてカヤックを降ろすことが出来ました.
ウミガメの足跡らしきものを見たのもその頃からでしたが,その時には確証が持てませんでした.
そして1999年に館山市の洲崎沖に居着いたミナミハンドウイルカの群れを観察するうち,2000年になって群れが根本沖に移住しました.
この群れは元々が伊豆諸島の御蔵島沿岸に生息する群れの中から移住してきた個体が4頭確認出来ていて,恐らくは全ての個体が御蔵島出身だったのだろうと考えています.
そして2003年頃に群れは南房総で確認できなくなり調査を終えました.
2000年からの数年はイルカが根本沖に居着いたことで私自身が根本海岸に通う事が増えた時期でもありました.
そんな中,過去に確証が得られなかったウミガメの足跡をまた確認しました.
そしてそれは以前までに時々見ていた不明瞭な足跡ではなく,その日の朝に産んだのだろうと思われるハッキリとした足跡でした.
足跡が明瞭だったお陰で卵を産んだ場所も推定しやすく,実際に卵を確認することが出来ました.
これが2000年の夏で,これを機に翌年から本格的に根本海岸を主とした周辺の海岸でのウミガメ産卵調査を開始しました.
イルカは2003年にはいなくなってしまうわけですが,ウミガメの産卵調査というお土産を置いて行ってくれたという感じでした.


写真:根本海岸に上陸したウミガメの足跡(2011年7月).

そしてウミガメ調査は昨年まで継続しており,今年も行います.
調査の対象とする海岸は初年度から徐々に広げ,現在では東側は和田町まで,西は平砂浦西端までを行っています.
そんな中でも根本海岸は調査の主体となる場所となっていますが,それがなぜなのかというと産卵環境が本来は他では到底得られないような好条件であるポテンシャルを持っていながら,人による海岸利用の状況や背後にある海岸道路などの影響でその良い面が逆転し,むしろ大きな問題を抱えているからなのです.
簡単にいくつか挙げてみると,光害,重機を用いた海岸清掃及び地形改変,夏季のキャンプ場併設海水浴場での人の出入りの多さ,自動車の侵入の量といったものがあります.
自然生物にとっての好環境はヒトにとっても好環境であるという例ですが,生物たちにとっては海岸は貴重な繁殖場であり,餌場でもあります.
ヒトにとって海岸は遊び場でしかありません.
それによって利益を得ている人にとっては「遊び」ではなくお金の源であり,つまり生活の為であるから生物たちと同等の権利を主張される方もあるかもしれませんが,アカウミガメのような数が多いとは言えない生物の繁殖場でのヒトによる経済活動がそれを阻害する事について少なくとも法律の上では正当化されていません.
ウミガメの産卵については母ウミガメが上陸して来る夜間の状況管理と産卵後の巣(卵)の保護を十分にすればヒトの経済活動と上手く重ねていくことが出来るのではないかという可能性が少しはあります.
ただ,この海岸で繁殖を行っている生物はウミガメだけではありません,イルカの調査でウミガメの産卵調査が始まったのと同じような経緯で,ウミガメを調べる中で私が調べるようになった生き物の中にチドリの繁殖があります.
根本海岸は広大な後浜と砂丘の存在により,シロチドリ,コチドリの2種の繁殖地となっています.
シロチドリは環境省カテゴリで絶滅危惧Ⅱ類(VU)で「絶滅の危険が増大している種」,千葉県では絶滅危惧Ⅰ類に指定されています. シロチドリレッドデータ
コチドリは環境省では指定されていませんが,千葉県だけはシロチドリと同じく絶滅危惧Ⅰ類に指定されています. コチドリレッドデータ
絶滅危惧Ⅰ類というのは絶滅の手前を意味している最も重い保護指定種であり,「絶滅の危機に瀕している種」となっています. 環境省ホームページ「レッドリストのカテゴリー」
ちなみにアカウミガメは環境省カテゴリで絶滅危惧IB類(EN)「IA類(更に希少な種)ほどではないが、近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの」,千葉県では絶滅危惧Ⅰ類指定です. アカウミガメレッドデータ
これはつまり少なくとも千葉県での指定ではシロチドリとコチドリはアカウミガメと同等の重い要保護生物だという事になります.


写真:海に向かう子ガメ.昼間なのは巣内調査で出てきた子ガメであるため.(2004年11月)

人の気持ちへの影響力といった単純なもので種を分け隔てることは全く科学的でなく,問題を大きくします.
ウミガメの巣を保護するという時の人々の反応とシロチドリの巣を保護するという時の反応を比べると明らかに差が感じられます.
シロチドリとアカウミガメが同等レベルの問題を抱えているという事の共通点は繁殖に十分な環境を維持した砂浜が減っているという事があります.
いずれも砂浜でしか卵を産むことが出来ませんし,その砂浜も砂さえあれば良いのではなく卵を産み孵化するまでの巣ともなる柔らかい表面の砂面,雛が荒天時に避難できる十分な奥行きと海浜植生の密度といった様々な条件が揃った場所で無ければ,産卵が行われたとしても孵化から巣立ちまでが安全に行われません.
上記のような自然条件に加え,人の活動の影響の度合いが様々な問題を引き起こします.
それらは根本海岸だけをほんの10年ほど見るだけでも確かめられます.
そのような中で,今回シロチドリ,コチドリ,そしてアカウミガメが繁殖に海岸を利用する時期にイベントが行われることとなりました.


写真:根本海岸に接する道路の街灯を子ガメの光へ誘導される性質に影響を与えにくい低圧ナトリウム灯に替えていただきました.(2005年4月)

ウミガメは先に書いたように夜間の産卵上陸に備えて光害を排除し,既に産卵してある巣を保護すれば問題を減らすことが可能ですが,チドリの繁殖についてはイベントの日程の時点で巣がある場合,またはもっと対応が難しいのは雛が海岸で過ごす時期と重なった場合です.
これは人がコントロールしようとしても無理で,手を加えてしまえば親鳥と雛が逸れてしまう等の出来事が起きる可能性があり,そうなれば繁殖が失敗になります.
そして,この時点で鳥獣保護管理法違反となり法に触れることになります. 鳥獣保護管理法(環境省ホームページ)
また生物多様性基本法では,(事業計画の立案の段階等での生物の多様性に係る環境影響評価の推進)第二十五条の中で「国は、生物の多様性が微妙な均衡を保つことによって成り立っており、一度損なわれた生物の多様性を再生することが困難であることから、生物の多様性に影響を及ぼす事業の実施に先立つ早い段階での配慮が重要であることにかんがみ、生物の多様性に影響を及ぼすおそれのある事業を行う事業者等が、その事業に関する計画の立案の段階からその事業の実施までの段階において、その事業に係る生物の多様性に及ぼす影響の調査、予測又は評価を行い、その結果に基づき、その事業に係る生物の多様性の保全について適正に配慮することを推進するため、事業の特性を踏まえつつ、必要な措置を講ずるものとする。」とあり,国も業務を十分に行っていなかったと判断できる状況となります. 生物多様性基本法(e-Gov法令検索)
いずれにしても繁殖している保護種の卵や雛に触れるような行為や,それを破壊する行為自体が違法ですし,もしそれがなかったとしても人道的に問題のある行為であるという事は今の時代では誰もが理解できるはずです.
そのような事を人間の行楽の為に毎年行って来た海岸が日本中でどれほどあるか想像を絶しますが,少なくともここ根本海岸においてはそれは今までは誰も「知らなかった」のだから仕方がないとして継続してきた事ですが,現在これを読んで頂いた時点から知らなかったという事にはなりませんので,上記の問題を十分に関係者は検討する義務があります.
特に許可を出した南房総市はイベント業者及び根本区に対して,それらイベント会場としての根本海岸の不適当を告げる必要があります.


写真:夏を前に整備に入っている段階の根本海岸.(2019年6月)

以下は過去に根本海岸とその周辺海岸でのチドリの繁殖状況について書いたり写真を掲載したカヤック日記の抜粋と写真です.
このような貴重な小鳥が静かに繁殖を行っている海岸であるという事を知っていただきたいと思います.

2006/5のカヤック日記

砂浜後背地の植生や砂丘に巣を作るシロチドリも小さなヒナが必死に親鳥についていく姿を双眼鏡を使うと見ることが出来ます。
親鳥はヒナや巣に敵が接近すると敵の気を引く為に鳴きながら徐々にヒナから離れて行きますが、あまり敵の反応が無い場合には羽をバタバタやって弱った振りをしてまで敵をヒナや巣から離れさせようと努力します。
その間ヒナは物影に隠れてジッとしています。
人間やカラスに対してこの行動をしているシロチドリがいれば、ほとんどの場合近くに巣があるかヒナが隠れていますので踏み潰さないように注意しなければなりません。
シロチドリの巣は毎年南房総市(旧白浜町)根本などで見ることが出来ます。根本では今年も2つの巣が見つかりました、右の写真はそのひとつです。
親鳥が警戒するので囲いなどは設置していません。


写真:シロチドリの卵(2006年5月)


2019/7のカヤック日記

6月1日に抱卵を確認し、23日に孵化した根本海岸のコチドリのその後をフィールドノートから…。
7/2 ヒナ4羽確認
7/3 キャンプ場開設のための海岸清掃実施 コチドリ親子は川の向こうに移動していて問題なし
7/4 雨本降り 親鳥が抱雛 目視1羽のみ
7/5 潮間帯まで出て行って採餌 4羽確認
7/7 親鳥とあまり変わらない体色になった 少なくとも2羽目視
7/8 2羽目視 深さ数cmの渡河可能に
7/10 ヒナは見えないが親鳥は落ち着いて採餌しているので問題なし?
7/11 雨 海岸西端辺りで行動 主に採餌し一段落すると親鳥の腹の下に潜り込む 数未記載
7/12 キャンプ場開場 キャンプ場内西寄りで採餌など通常行動
で、見られなくなって記録を終えています。


写真:雨の中、親鳥の下に潜り込むヒナたち。

2021/6のカヤック日記

砂浜海岸ではコチドリ、シロチドリの繁殖活動が変わらず続いていますが今年は海水浴場が開設されると決まり、海岸の整備も始まっています。
海水浴場や目立つ海岸での海岸清掃や重機による海岸を均す作業は過去にはかなりの数でチドリの卵、ヒナたちが死んだ原因になっていると考えられます。
チドリのヒナはハヤブサのヒナたちと比べると非常にか弱く見えて、実際に海岸に行ってみると「先日まで走り回っていたヒナが1羽減って…」ということは多々あり、捕食者に対しても人の活動の影響にも非常に弱いものです。


写真:キャタピラーの跡とシロチドリの雛たち。

2022/6のカヤック日記

根本の海岸でシロチドリの巣を新たに発見しました.
鳴き声が聞こえたり親鳥の姿が見えたわけではないのに,なんだか気になって自転車を置いて浜の奥に歩いて行ってみたら親鳥が真正面ですくっと立ち上がって,こちらをチラチラ見ながら離れていって、15mくらい先でこちらを見ているという確実に巣(卵)があるパターンで,やっぱり卵がありました.
だいぶん勘が良くなったみたいで嬉しかったです.
今年は根本海岸でキャンプ場が再開されるとのことで,昨日から重機が入っているところなので,巣がある件を土建屋さんに伝えてお願いしておきました.
僕がウミガメの調査を始めた2001年からのお付き合いの地元根本の優しい土建屋のM組さん.
初めての時はウミガメの足跡が海岸整備をしている真っ只中を通過していたので,作業してる中を足跡記録をさせてもらったのでした.
最近ではウミガメの巣に加えてチドリの巣を避けてもらうのも頼んでいるので困ってそうだけれど...でも,大事なのでよろしくお願いします!
特にシロチドリは減ってきているので重要です.
シロチドリレッドデータ


写真:28日に発見したシロチドリの巣で卵を抱く親鳥(見えますか?).
こんな砂浜の真ん中にウズラほどの卵が3つ産んであります.


写真:「こういう場所でこのエサが捕れたよ」とコドモ(左)に見せて教えながら食べるような様子を見せていたシロチドリの親鳥.
食べていたのはハマダンゴムシに見えます.
このあと幼鳥は親鳥がエサを捕った場所を探し始めました.

2022/7のカヤック日記

この日の出来事の詳細は省きますが,とにかく鳥獣保護管理法で(たいていの)生き物や,その卵を捕獲したり,殺すのは法律に触れるということをもっと広く知らせないとと思いました.
少なくとも南房総ではそれを知らない人が多すぎます.
知らずに罪を犯している人がいるのですから,それを十分に周知していない,もしくはそれを指導していない側の責任もあります.
役所が発注する公共工事でそれが行われている実態を知らなかったと言って,役所が毎年繰り返しているのは違法でしょう.
自然物を改変する時に十分な事前調査を行わなかった事で現場での作業を行う業者が生物を殺す違法行為を「知らずに」行っている事実がここにもあります.
同じように海岸環境に手を加える場合やビーチクリーンでも生き物の保護が最優先です.
そもそも,このように「違法だから」と言わなくては生き物が護られない状況自体が異常でしょう.
メディアで盛んに言われている環境問題に関わる新しいカタカナやアルファベットの略語が乱用される事で,むしろ情報を得る事,理解する事が苦手な人を置き去りにしてしまっている証拠ではないかと考えています.
本当はもっと目の前の,単純なはずのヒトに本来備わっている愛情や倫理で十分に自己判断出来るはずのことが出来なくなっている背景には様々な今の世の中の混乱を感じさせます.
繰り返しになりますが,海水浴場など海岸の利用にあたって事前環境影響評価が行われないというのはとても大きな問題だと思います.


写真:2度のピンチを乗り切った親子と思われるシロチドリ一家.


写真:コチドリの親子.雛「おなかの下に入れてよ」.よく見ると既に雛が2羽入っていて親鳥は8本脚に.


写真:シロチドリの家族2組が遭遇した場面で親鳥同士はすぐに激しいケンカを始めましたが,雛たちはすぐに仲良しに...


写真:幼鳥が無事に育ったシロチドリ一家.
抱卵の時期から見ているので,とても嬉しいです!
が,複数の家族が入り混じるのでこの時期にはどの家族なのか分からなくなります.

最後に今月のTwitter投稿より引用し追記します.
投稿日が投稿内容の観察日ではない場合もあります.

2日
kayak~海を旅する本vol.79発売!
シックスドーサルズ藤田連載 「カヤック乗りの海浜生物記」は61回 ビーチクリーン 編です.
海岸清掃のあり方についての提案をしています.
カヤッカーの方以外も是非読んで頂きたい内容となっております.
どうぞよろしくお願いいたします.
当日のTwitter投稿

6日
ポッドキャスト南房総海音日記に「2022年12月のカヤック日記」をアップしました.
冬の南房総の暖かさの訳,カヤックに乗った時に気温が過ごしやすい理由の考察,鳥など生き物の様子についてです.
どうぞよろしくお願いいたします.
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当日のTwitter投稿

24日
ホームページ http://6dorsals.com とBlogger https://6dorsals.blogspot.com で掲載している毎月1回更新のブログ「カヤック日記」2023年1月版を読んでご紹介.
今回は御蔵島から来たイルカの話からクジラやイカといった漂着生物の事,2000年の三宅島の噴火の事などなどです.
いつも通り少々長いですが(1時間1分6秒),お時間がある時などに聴いてみてください.
今回も海岸で収録.
写真は録音時の風景です.
静かで人もいない贅沢なスタジオでの収録です.
しかし静かすぎて飛行機の音やそこそこ離れている道路を走っているオートバイのエンジン音まで入ってしまいました.
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当日のTwitter投稿


写真:根本海岸の中央突端にある岩場は御神根(おがみね)と言います.網をかけに船を出した根本のMさんとウミウ.(今月)

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