2021年11月の出来事
写真:ギンカクラゲ(左)を摂餌し始めたアオミノウミウシ(右、上の個体の全長2㎝ほど) 今月も静かで地味な出来事がいろいろとありましたが、まずは最大のトピックとなった写真の奇妙な生き物をご紹介します。 アオミノウミウシといってウミウシ、更にはナメクジの仲間と言えます。 つまり殻を持たない貝ですが、海を遊泳する類の中に含まれていて、特にこのアオミノウミウシは水面に留まって活発な遊泳は行わず、ほぼプランクトン的に暮らしているとされています。 ただ正確に言うと水面を漂うものはニューストンという定義もあり、水中に潜航しないのであればこちらに属していると言えますが、生態が解明されていないだけで活発な遊泳や潜行を行う時期や時間帯、状況などがあったりしないのかな?と個人的には思っていますが、あのヒレでは遊泳力は無さそうですからやはりニューストンな生活形態なのでしょうね。 ちなみにプランクトンというと海の中に漂っている小さな生き物と思われている場合が多いのですが、定義としては水流に逆らえず流されて生きているものという事でクラゲのようなサイズでもプランクトンとなります。 さらに魚類や鯨類のように遊泳力が十分ににある生き物にはネクトンという言葉があり、底生性はベントスなど区切りが分かりづらい場合が多いですが水中での生活形態で分けられています。 その中でカヤッカーはどこに属するのかな?ということを考えるとなかなか面白いです。 海域や漕者の能力などいろいろな条件でネクトンにも成りえますし、漂流していってしまうプランクトンにもなってしまうと言えそうです。 写真:アオミノウミウシ生態撮影に用いた容器(幅10㎝ほど、味噌の入っていたもの)に砂浜に漂着していたものを撮影記録用に集めました。 写真にはアオミノウミウシ(黄色矢印)以外にヒメルリガイ(黄緑矢印、小さな泡状)、アサガオガイ(黄緑矢印、大きな泡状)、カツオノエボシ(赤矢印、風船状)、ギンカクラゲ(白矢印、円盤状)がいます。 ギンカクラゲはすぐにアオミノウミウシに捕食され始めました。 撮影後はリリース。 話が逸れました。 写真のアオミノウミウシは時化の日に海岸に大小多数打ちあがっていたものを容器に海水と共に入れて観察、撮影したものです。 このような状態で浮いているのですが、実はこの上面はお腹側だということで、我々の遊泳の仕方で考えると天地が逆さまになっている背泳ぎ状態なわけです。 背泳ぎが常態である利点は何なのか不思議ですが、彼らからすれは我々の方が不思議でしょうからね。 身体の構造から想像してみるとお腹側に浮力体となる組織があれば、自然とこの姿勢となるのかもしれません。 人間も浮力体となる肺がどちらかといえば腹側にあるのですから彼らと同じ姿勢の方が浮遊には適しているでしょう。 呼吸を行う為の口と鼻もそちら側にあるのですから。 実際、沖に流されて救援を待つ場合などの「ういてまて」※では仰向けで浮くことを推奨していますよね。 その姿はまさにアオミノウミウシです。 しかし遊泳をするネクトンの仲間入りをしようとすると腹を下にする必要が生じるのは推進力を得るために陸上で発達した器官が腹側にあるからというだけでしょう。 もしかすると仰向けに水面に浮きながら、帆のような大きなヒレを脚に発達させて風を推進力にして海面を自由に移動していた生物がいたかもしれないとか考えるのは楽しいですね。 ヒトもうまくすればそれで海にもっと進出していたかもしれませんし。 まあ、その代案としてカヤックが発明されたのでしょう。 ※「ういてまて」を推奨している一般社団法人水難学会の田村祐司(東京海洋大准教授)先生は私を海洋大の講師に採用してくださった方だったりします。アオミノウミウシを是非お見せしたいです! で、また話が逸れました。 アオミノウミウシが打ちあがったのは20日午前でした。 海は時化ていて、最近話題の軽石が多めでしたが、その色合いなどから福徳岡ノ場産ではないなと思いながら、軽石の付着生物を観察していました。 大きな軽石にはエボシガイが多数付着していて、意外と大きなカニも暮らしています。 このカニは産卵に上がってくるウミガメに付着している場合もある浮遊物に寄生するオキナガレガニというカニです。 他にもウミケムシもいたりとなかなか観察のしがいのある素材でした。 私の先を歩いていたスタッフなおこ(藤田の女房ですが…)が見た事の無いものを見つけて教えてくれました。 色合いからアオミノウミウシではないか?と呼んでいます。 私もアオミノウミウシの現物はこの夏にほぼ干からびた死骸を数体見た事があるだけでしたが、インターネットでは写真を随分見ていました。 その存在を知ったのがいつだったのか思い出せないのですが、ビーチコーミング、もしくはウミガメ調査などでの海岸歩きでは常に遭遇したい生き物のトップクラスでしたので、今回の事は飛び上がらんばかりに興奮しました。 最初に見つかった個体は上の写真のように丸まっていて、僅かに動きがありモゾモゾとしていました。 周辺を探すといくつも見つかり、どれもがもぞもぞと動いていて生きていましたから、なおこに容器を取りに行ってもらって収集を続けました。 特に小さいものは見つけづらいので単体で漂着物の塊に紛れてしまえば気づくことが難しいと思います。 その色合いだけが頼りでしょう。 容器の中に海水を入れて浮かべてみるとフリーズドライの食品がふやかされる時のように徐々に広がり、まさにアオミノウミウシ!という形になりました。 感激していて当初うまく撮影できていないものが多かったですが徐々に冷静になってできるだけいろいろ撮影しました。 サイズは大きくても数センチでしたので、肉眼で見て分かることはとても少なく、後でのパソコン画面での観察のことを考えればマクロで撮った写真は大切でした。 特に一緒に容器に入れたアオミノウミウシの食べ物であるギンカクラゲを食べているシーンは慎重に記録しました。 特に動画での撮影は大げさなようですが手が震えるようでした。 1時間ほどかけて撮影した後に容器にいたアオミノウミウシ、ギンカクラゲ、カツオノエボシ、ルリガイ、ヒメルリガイ、その他の不明生物はそのまま海に放して観察を終了しました。 その日にTwitterで投稿した動画は3500いいね、600リツイートを超えてアオミノウミウシへの興味が自分と同じように多くの人に強い関心を与えるのだと感じられました。 あの奇妙な姿、解っていない生態、遭遇頻度のことを考えれば納得です。 その後、しばらく記録した写真を精査することなく時間が過ぎて、このカヤック日記を更新するために写真整理をする中で再度じっくりとパソコン越しに観察を行ったところ、胴体の右脇腹といえるような位置に大きな穴のような黒い丸が、ある程度のサイズになったどの個体にも見つかることに気づきました。 最初は仲間に齧られたりしたんだろうか?と思ったような、少し突き出しつつ窪んでいる穴でした。 考えてみると多くのウミウシに見られる鰓が見つかりませんし、そこにあるという肛門も無いと気づいたので、その黒い大きな穴が肛門なのではないか?と思い、インターネットで検索してみましたが情報が出てきません。 日本語では情報が少ないのだろうと思い、学名のGlaucus atlanticusと肛門を英文にして検索してみると、いくつか情報が出てきました。 そして、その穴は肛門ではなく生殖器だということが判りました。 肛門は同じく胴体右側のやや後方に開口していましたが自分の写真ではあまり分かりませんでした。 あとでTwitterでのリツイートコメントを見ていて、その身体構造がナメクジと同じという事が分かりました。 あれほど身近で、うちには暖かな季節には毎日見ているような生物のそういう基本的な事も知らなかったという事にショックを受けてしまいました。 今まで何を見ていたのでしょう…。 話を戻しますが、台湾での観察例の報告では生殖器から放出されている卵の写真がありました。 これももしかしたら自分が撮った写真の中に写っているかもしれないと思い、じっくりと一枚一枚確認してみたところ、いくつかの写真ではっきりと卵が写っていました。 体の脇から連なって小さく白い卵が産み出されている姿は本当に奇妙というか神秘的というか、とにかく肉眼では全く見えなかったものですから、今回もカメラの性能にとても助けられました。 昨年から海岸や海面のクモの記録を取るようになった必要から購入したマクロ性能に優れたカメラでしたが、この1年本当に様々なものを見せてくれていて、もっと早くに導入しておくべきだったと感じています。 この卵の写真もTwitterでは大変好評でした。 こういう面白い場面をほとんどタイムラグなしで世界中の多くの人々と共有できるという面白い時代です。 そこからまたいろいろな発展や興味の広がりが多くの人に起きるだろうと考えるとワクワクします。 アオミノウミウシの動画はシックスドーサルズのYouTubeにいくつかアップしてあります。 今回参考にしたページは最後にリンクを貼っておきますので是非ご覧ください。 恐らく次にアオミノウミウシに逢えるのはかなり先になると思います、もしくは今回の経験は一生に一度かもしれないと思っています。 こういう出逢いがあるから海に行くのはやめられないですね。 今回のカヤック日記はほとんどアオミノウミウシ特集みたいになってしまいましたが、それほど貴重な機会でしたので写真も多めにしてみました。 皆様の好奇心が深まると嬉しいです。 そして「まずは」で始めておきながら結局アオミノウミウシで文字数が十分すぎてしまったので、その他はTwitterの引用と写真でご紹介します。 1日 軽石は南房総では珍しくないんですが、凄く多いわけでもないという存在で、時々多くなります。 この日もいろいろなタイプがありましたが、普段あまり見かけない表面が滑らかなグレーの(写真2枚目)が結構あって、それが福徳岡ノ場からのでは?と思ったり。 →その後、12月に入って館山で打ちあがり始めた福徳岡ノ場のものと判断された軽石と比べてみて、この日の軽石は外観から違うところからのものと判断しました。 当日のTwitter投稿 4日 4月以来見つからなかった(そして夏は探しに行けてなかった)海の上のクモ発見できました。 先月も1日だけですがクモを探すために漕いだんですが見つかりませんでした。 その日はその他の虫も少なく。今日は2個体でした。 当日のTwitter投稿 5日 今日は内房で5月に見つけたグンバイヒルガオ群落の様子を見に行きました。 グンバイヒルガオは青々していて熱帯の植物なのに11月の東京湾で花も蕾もあって驚きました。 ツワブキの周辺にはクサグモが沢山巣を張っていて、なんと交尾を観察できました。 実際の現場では共食い?と思いましたが、2個体とも穏やかに動いていて、これはもしかして?と思いましたがパソコンで写真を見て確認、クモ研究者の馬場友希様にSNS上で確認していただきました。 クモの交尾(交接)は初めて観察しましたが、独特でとても興味深いですね。 種類も馬場様にクサグモではなく、コクサグモと教えて頂きました。 花にいたのはオオスガの類みたいで、夏が発生時期らしいですけど11月。 暖かい日でした。 当日のTwitter投稿 13日 カヤックツアーで館山湾に錨泊中の日本丸を見学してきました。 相変わらず美しい船でした。 水面から見上げると大迫力なのです。 船舶が好きな方にもカヤックはお勧めですよ。 当日のTwitter投稿 16日 今月3日に館山の海岸で漂着していたウミスズメ類を山階鳥類研究所に送ってあり、同定結果をカンムリウミスズメとご連絡を頂きました。 死骸は標本として研究所に保管されます。 状態が悪い死骸で、羽の色なども分からない状態でしたので私ではウミスズメの仲間というところまでしか分かりませんでした。 こういう状態でのカンムリウミスズメの同定ポイントは嘴と思われましたが、今後のために確かめたく思い担当頂いた同研究所自然誌研究室の小林様から教えていただきました。 掲載もお許しいただいたので転載いたします。 「今回のはおっしゃる通りで、羽色で判断できなかったので、嘴で判断しました。死体だと嘴の色も変わっていってしまいますが、藤田さんから送ってもらった写真を参考に、死体もかろうじて嘴が灰色で上嘴のキールが黒色だったのでカンムリと判断しました。」 とのことでした。 千葉県では記録の少ないカンムリウミスズメの雛をカヤックで2006年と2015年の2度(計4羽)確認していて、いずれも館山市沿岸ということもあり特に興味を持っている鳥です。 うち2006年の観察例は同研究所の雑誌に報告を掲載していただいたこともありました。※ 実際の姿もかなり愛らしいのでそういう点でも大好きなのですが、その生態と情報の少なさに惹かれます。 漂着死骸での知見も増やしたいと思っていますので、カンムリウミスズメらしき鳥が漂着していたら是非ご連絡ください。 ※千葉県館山市沿岸で観察されたカンムリウミスズメの雛(PDFで読めます) 2度目のカンムリウミスズメの雛観察について書いた2015年5月のカヤック日記 当日のTwitter投稿 18日 軽石が館山に漂着して話題になりはじめましたが、軽石自体は昔から普通に打ちあがっていたので、福徳岡ノ場のものと区別しないとあまり意味がないと思いました。 そして今回のことで、今までに日常的な漂着軽石が研究対象として着目されていなかったということがよく分かりました。 そこで試しにブログ「カヤック日記」で軽石の写真を取り上げた時のを拾い出してみました。 ただありふれた存在なので、特に多かったり大きいものが見つかった時にだけ取り上げているというかたちです。 2006年7月のカヤック日記 2012年6月のカヤック日記 2013年8月のカヤック日記 2015年9月のカヤック日記 2018年7月のカヤック日記 2019年8月のカヤック日記 2021年8月のカヤック日記 こうやって見てみると掲載は夏に多いことに気づきました。 たしかに漂着も夏に数が多いという傾向はあるかもしれないですが、私がウミガメ調査で外海に面した海岸に行く頻度が高まるということもあり、なんとも言えないです。 単純に南寄りの風により黒潮内に漂っているものが岸に寄りやすいのでしょう。 2018年の外房で見つけたサイズが50㎝の軽石には本当に驚きました。 持ち帰りたかったのですが1人ではほとんど動かせませんでした…。(それでも通常の石よりは遥かに軽い) 数日後に2人で行くと再漂流したらしく無くなっていました。 軽石が漂着するのは珍しいことではないけれど、今回の噴火での軽石がいつ南房総に到着するのかについてはとても興味があったので、調査によって福徳岡ノ場産が混じっていると確認されれば記念に取っておきたいと思っています。 当日のTwitter投稿 19日 良い凪でしたので今月2回目の海の上のムシ、クモ探しに行ってきました。 昆虫はかなり増えました。 ハチ、カメムシ、アブラムシなどの仲間らしきものたち。 クモもしっかり歩いているのを2個体発見できました。 今回は探す範囲を少し広げてみました。 当日のTwitter投稿 20日 「軽石」加藤祐三 著を紹介。 2018年にこの本を買った時には軽石の本はこれが唯一で、しかも古本しか無かった(2009年発行)と思ったのですけど、この時に試しにネット販売を見たら新品が売ってました。 軽石騒ぎで再版でしょうか? これに書いてあることを関係者が読んでいたら今になって慌てないで済んでたはずだと思うのですけど、今回はまるで活かされていない感じが残念です。 軽石に興味沸いた方にはおすすめの本です。 当日のTwitter投稿 20日 アオミノウミウシに出逢った日。 当日のTwitter投稿 21日 カヤックツアーでした。 開業間もない頃からのお客様と北条海岸-大房岬-沖ノ島-北条海岸の三角ルートでした。 途中、海面にクモを発見も、うまく撮影できなかったうえに手に取ることもできず。 ベタ凪でないとミリ単位のクモは撮影が困難です。 ツアー中でも遭遇した場合に捕獲用カップを次回以降は持参することに。 海上を漂っていた空き缶にはエボシガイのコドモたち。 海の上を漂うカヤックも彼らと似たようなものですね。 当日のTwitter投稿 26日 外房方面でMTBツアー下見を兼ねてミサゴ、ハマナタマメ、グンバイヒルガオのポイントチェックしてきました。 台風で一旦は枯草状態になったハマナタマメ、漂着物にすっかり埋もれてしまったグンバイヒルガオも復活していました! ミサゴを追って迷い込んだ田んぼではなぜか電車?が、不思議でした。 →コンテナを積む貨車の車掌さんが乗る場所だと複数の方から各SNS上で教えていただきました。ありがとうございました! 当日のTwitter投稿 30日 ベタ凪でしたので海の上の虫探し行ってきました。 クモは1個体だけであとはハエとハチがやけに多かったです。 風が強いわけでもないのに彼らが海に落ちるのは不思議です。 今回のクモは海の上で見つけるのは初めてのユウレイグモの仲間? そして「臭うな?」と思ったら、近くの岩場にウミガメ死骸が漂着していたので、上陸して記録しておきました。 カヤックは大抵どこでも浮くことができるし、上陸場所も選ばず、こういう調査には最高に便利な乗り物と思います。 研究者にもっと活用していただきたいですので、研究で活用してみたい方はお気軽にご相談ください。 必要な道具、スキルなど私の経験上からアドバイスさせていただけますし、ツアーにご参加いただく形で実際にカヤックを経験していただけます。 当日のTwitter投稿 ※アオミノウミウシの生態について参考にしたサイト Natural History Museum 「Glaucus atlanticus (blue sea slug)」 Samantha Rose 「Glaucus Atlanticus and their behaviour」 台灣生物多樣性研究(TW J. of Biodivers.) 15(2): 149-154, 2013 149「First Record of Pelagic Aeolid Nudibranch Glaucus atlanticus Forster, 1777 (Gastropoda: Glaucidae) in the Intertidal Zone of SiaoLiouciou off Southwestern Taiwan Island 」Liu-chih Lo, Wen-jou Chen, Tien-cheng Wang and Chia-feng Chang (PDF) Wikimedia commons 「File:Nudibranch on white background penis and anus.jpg」 お知らせ アオミノウミウシの生態動画をYouTubeに3本アップしました。 是非ご覧ください。 アオミノウミウシ 2021年11月20日 館山市館山湾岸 その1 アオミノウミウシ 2021年11月20日 館山市館山湾岸 その2 アオミノウミウシ 2021年11月20日 館山市館山湾岸 その3 |